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- 所 在 地
- 岩手県一関市藤沢町増沢
- 施 工 内 容
- 拝殿新築工事
- 概 要
- 岩手県一関市藤沢町増沢地区にある神社です。立石神社はかつて増沢村の村社なっていました。
- 祭神は倉稲魂命で、応和二(962)年、山城国紀伊郡飯鳳山よりの勧請と伝えられています。この神社の特長は本殿背後を御影石の巨石が御神体となっていることです。
拝殿は入母屋造りの3間×2間の小さな建物です。
向拝の奥行きは小さいですが正面に蟇股、海老虹梁、獅子の木鼻が彫りこまれています。
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拝殿中央部に龍の彫刻を施した蟇股を置いています。
拝殿の背後、一段高いところに本殿が祀られています。
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巨石でもっとも大きなものは高さ五丈七尺(約17m)、周囲三丈五尺(約11m)もあります。
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この神社にはある伝説があります。
むかし、宮城県のあるお寺の和尚さんが、はるばる平泉のお能を見に出かけてきました。今とちがって歩くのですから何日もかかると思いますが、増沢村にさしかかって、通りかかった村人に「平泉のお能はまだでしょうか。」と聞いてみました。すると、「お能は終わってしまいました。」と言われました。
和尚さんは、「お能が見たい。」「お能が見たい。」と思って、夜を日についで歩いて来たのでしたから、非常にがっかりしてしまいました。疲れ切ったからだは、もう一歩も歩く気力がなくなってしまい、とうとう立ったままでなくなってしまいました。
こうしてなくなった和尚さんのなきがらは、平泉の方をむいて、そのまま石になってしまったということです。
この石の和尚さんは、今の立石神社の石だと言われています。
その後、江戸中期に役人が来て、その石を国の建造物に役立てようと石工達を伴って検察に来ると、その石の根元に大蛇が絡みついていたので、とうとう工事を断念せざる得なかったと云われています。
(参考文献 藤沢町史、増沢古老口述「藤沢のむがしっこ」) |
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